Duは何しにドイツへ

Duはドイツ語のYouです。

夢を繋ごう

10月6日、今日、僕はドイツで23歳になりました。

誕生日おめでとう。 

 

おじさんまっしぐらですね。

23歳の抱負は、「コーヒーは一日3杯まで」です。

 

 

日本では、友達が誕生日会をサプライズで祝うことがおおいですが、ドイツでは逆で自分で誕生日パーティーを主催して、食べ物や飲み物を用意して友達を招待する文化が一般です。




自分が生まれた日をプレゼントなどをもらい、祝われることに関しては同じですが、パーティーを主催するという立場では、「与えられる人」と「与える人」が逆なのは興味深いですよね。




でも、個人的には自分の誕生日パーティーを主催するヨーロッパ式のほうが好きです。

なぜなら、もし、日本で友達が5人いたら年間5回パーティーを開催しないといけないのに対し、自分の誕生日を主催すれば年間1回で済むからです(笑)

 

しかも、僕みたいに自分の誕生日すら開催するのもめんどくさい人は、開催しないという選択肢もあるからです。

 

 

今年の誕生日は、翌日も試合があるので、友達たちと街へ少しだけビールを飲みに行って、寝ようと思います。




しかしながら、この「与える」という文化がすごく気に入っています。

 

誕生日は基本「もらう」ことが多かったからです。




せっかくこの文化圏にいるのだから、誰かに、なにかを、誕生日に与えたい!




そう思い、考えました。



その結果。。。





23歳になるまで続けられているサッカー。

 

サッカーを通じて成長したことは間違いない。

 

サッカーを続けてきたからこそ、できた仲間も友達も多い。

 

その素晴らしいモノを繋げていきたい。

今後、拡大していくだろうサッカーに賭けてみよう。

 

 

 

 

よし、サッカーボールを送ろう!




送り先は決まっていないけど、とりあえず、ボールを買おう。

 

 

あ、そんなお金ないや。あ、そうだ。バイトでもらったチップは別で貯めてたんだ。

 

現在、働いているドイツレストランでは( 海外レストランで働いてみて - Duは何しにドイツへ)給料のほかにお客様から頂いたチップをもらえる。日本ではチップをもらったことがなかったので、僕の感覚では『あって、ないようなお金』に感じたため別に貯めておいた。

 

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いや、でも、どこに送ろうかな~。

ボールが必要な人のところに届けたいな。

そうだ!大学のときに何回も飯に連れて行ってくれた先輩が、パラグアイの学校で活動してるな。聞いてみよう。(即電話)



先輩T「ほしい!でも、フットサルボールがいい!」

 

「りょ!(了解)」

 

パラグアイでも、もちろんボールは買えるが学校ではボロボロのボールを使っているとのことだったので。

 

 


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送料の分とか考えて、ボールを2個は買えるな!

13€×2=26€(約3400円)

フットサルボールは普通のボールに比べて少し割高....。

 

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届いたけど、1個パンクしてるやないかい!!!

送り返して、戻ってくるときには誕生日後だ....。




とりあえず、1個送っちゃおう。


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おもっていた以上に送料が安く、9,50€(約1300円)でボール1つ(約1700円)をパラグアイに送ることができました。しかも、追跡ナンバー付き。(安心)



 

 

と、言う流れで、10月4日、パラグアイに1個送りました。

 


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『夢を繋ごう』

 

相手方からの反響、ほかにボールを欲しい人からの連絡、チップが貯まり次第、需要と供給などを兼ねあいながらですが、この活動は個人的に続けていく予定です。

あなたも、誕生日にボールを一つ送ってみませんか?

相談は、僕のLINE、TwitterのDMまで。

 

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初めて、なにかを「与えた」23歳の誕生日。「もらう」より、どこか嬉しい。



HAPPY BIRTHDAY TO ME

 

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 (髪型ヘルメット)

 

HBいいね、HBリツイート、HBメッセージ、HB感想、HBDMお返しします。

おしまい。

 

次回は、引っ越しして新しいルームメイトがトルコ系ドイツ人になり、意外にトルコが歩んできた歴史が日本と似ているなと思う話をまとめたいなって考えています。

 

 

前回の記事

coyuuyao.hatenablog.com

coyuuyao.hatenablog.com

 

「何を」好きかではなく、「何をしている自分を」好きか

哲学って面白いなーって思うんですよ。

 

アメリカとかヨーロッパに歴史的な有名な哲学者がいるのは宗教も関連しているのかと思いますが、、、

 

 

僕の友達や後輩も、個性が強い人は、みんながみんな「自分の哲学」を持っている人です。

これは絶対にやる、これは絶対にやらない。みたいな頑固なメンタルも立派なその人の哲学だと思います。そういう人は、かっこいいし、尊敬しています。

なにか目標を立てて、その目標に向かっていく推進力は体育大の友達からは毎日見習っていました。

 

 

トランクの重さの関係で二冊だけですが、哲学書を持ってきていて、たまに読み返します。その中で、シェアしたい部分があったので書き進めていきたいとおもいます。

 

 

 

......

 

 

 

さて、本題。

 

最初は、少し難しい内容かもしれないのですが、大きくいうと感情の話です。

 

紀元前384年ギリシャで誕生したアリストテレスさんの無矛盾律から、論理的に「同一性の法則」を導き出せます。

 

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同一性の法則??

 

 

 

これは、「あるものはそのもの自体であり、それ以外のものではない」というものです。

 

 

難しく言っているけど、実は簡単です。

コップはコップだし、財布は財布。人は人だし、犬は犬である。ただそれだけです。

「足が四本あって、耳があって、全身に毛が生えていて、鳴き声がミャーで」といって、答えがネコのはずなのに、「本」と答える人はいません。

 

 

同一性の法則がなければ、アリストテレスが言うように、「何も証明することはできない。証明のプロセスが延々と続き、どんな問題に対しても出た結果が証明とはならない」ということが起きます。

 

 

暗黙のうちに同一性の法則を認めているからこそ、私たちはお互いに意思を通わせて理解しあうことができます。

 

 

なので、

 

「あるものはそのもの自体である」ということを認めずに行動すれば、悲惨な結果を招きます。

たとえば、もし熱湯を何か別のモノ、冷たいオレンジジュースだとでも認識して飲んだら、のどは大火傷します。

 

たとえば、もしトラックを何か別のモノ、だとでも認識すれば、ひかれてしまう危険性もあります。

 

 

多くの人が、熱湯やトラックといった物理的なものに関しては同一性の法則を尊重するのに対し、感情面においては(特につらい感情である場合)、この法則を尊重することを難しいと感じます。その感情を認めることが自尊心を傷つけるからです。

 

勇敢であることが大切な場合、恐れを感じていることをなかなか認めようとはしないでしょう。

 

心が広いとおもいたい場合は、妬みの感情を認めることは難しいでしょう。

 

スポーツ界、社内関係で起きるパワハラ体罰も、頑張ることが大切な場合、つらいや痛い、苦しいという感情を認めるのは容易ではありません。

 

 

 

しかし、精神的に健康でありたいならば、何よりもまず、いま、自分が感じていることを感じているように受け入れなくてはなりません。現実の尊重が大切です。

 

 

「何を」好きかではなく、「何をしている自分を」好きか。


「誰を」好きかではなく、「誰といる自分を」好きか。

 

 

集団心理の中でゆがんでいく「常識」と呼ばれるものに流されずに、自分を貫くことができるか。

 

 

 

吉崎エイジーニョさんの『滅私とメッシ』ではこう述べられています。

 

 

阿部氏の解説によって社会背景から読み解くことができる。「世間とはなにか」には、こんなくだりがある。

西欧では社会というときに、個人が前提となる。個人は譲り渡すことのできない尊厳をもっているとされており、その個人が集まって社会をつくるとみなされている。したがって個人の意思に基づいてその社会の在り方も決まるのであって、社会を作り上げている最終的な単位として個人があると理解されている。日本ではいまだだに個人の尊厳があるということは十分に認められているわけではない。

個人が自分からすすんで世間をつくるわけではない。何となく、自分の位置がそこにあるものとして生きている。

ヨーロッパ=強い尊厳をもつ個人がまず存在し、その集合体として社会が存在する。

日本=個人よりもまず、正体のわからない世間が重要視される。人々はそこに合わせてうまく暮らしていくことを考える。

 


ここでいう「社会」「集団」を「サッカーチーム」に置き換えてみたら。


ヨーロッパ=自分の個人能力を発揮することこそがチームのためになる。
日本=自分を犠牲にしてでもチームのために戦うことが美しい。

これだけ背景の違う社会で育ったのだから、ピッチの上で両チーム22人がボールを蹴り、一定時間で最終スコアを競い合えば違いが出るというものだ。

 

「過去の優勝国は、キリスト教文化圏の国」

第一回大会優勝のウルグアイから第19回大会優勝のスペインまで、世界の頂点に立った国は、すべてカトリックもしくはプロテスタントの国なのだ。いうまでもなく、サッカー発祥の地イングランドもそう。大会の歴史が80年以上続くなかで、一度たりともキリスト教文化圏以外の優勝国がない。女子のワールドカップでも、2011年大会のなでしこジャパン以外は、すべてキリスト教文化圏の国となっている。
つまり、キリスト教文化圏に則った考え方でプレーするか、しないかが大きな分岐点になるということだ。これが「個」と「組織」という考え方の根底で影響をおよぼしている。知っての通り、ヨーロッパ社会での「宗教」は日本のそれよりも圧倒的に影響力が強い。

 

 

パーソナリティ=個

 


キリスト教的な文脈で読み解くことができる。個人とは「その人でなければならない」という発想だ。

 

 

......

 

 

 

僕自身はキリスト教でもないし、キリストは優れている!!とかそういう話をしたいわけではありません。しかし、個の尊重は見習うべきことだなとおもいます。

 

 

ドイツの電車の中では、電話することが世間的に許されています。

世間より個人が尊重されている一つの例だと思います。たまに、うるさいなとおもうのですが…、郷に入っては郷に従ってます。もちろん、日本には日本の文化があるし、個人的に静かな電車の方が好きです。

 

 

 

話を戻して、、

 

同一性の法則が示すのは、自分のいる立ち位置と、周りからの評価もおなじです。

 

 

 

岡崎慎司さんはブログでこう言っていました。

 

 

どうすれば選手や監督に対して余計なことは思わず、考えずに純粋にトレーニングや試合に没頭することができるのか?

答えはシンプルでした。
それは今いるこの状況こそ自分の現在地なのだと思い込むことでした。

 

www.designstoriesinc.com

 

 

 

「自分の現在地=自分の現在地」

 

それは変わらない事実です。

 

素直に、実直に、現実の尊重が必要です。

そこが、スタートラインです。

 

そのことを自分に言い聞かせて、個を大切に、そして限られた時間を大切にしていきたいと思います。

 

 

 

今回は長めでした。(約2850字)

最後まで見ていただきありがとうございました。

 

 ↓前回の記事

coyuuyao.hatenablog.com

 

「泣いたブログ」感想文

10回目の記事になりました。

 

ブロガーを目指しているわけではないので、頻繁に更新することもないのですが、やっと10回目を迎えました。

 

誰かにやれと言われて、始めたわけでもないのですが、もし、大学の時に、

「おい、おまえ、明日からブログ始めろ!」って言われたら、

始めれなかったとおもいます。

 

なぜなら、日々、何も考えず、

アウトプットを目的に生きてなかったらから。

 

何も考えずに、ただただ、部活に行き、授業に行き、バイトに行き、

ご飯を食べて、寝る。これの繰り返し。

チンパンジーの進化したような生活を送っていました。

 

人間は考える葦である。

 

いまは、情報と情報をつなぎ合わせたり、比較したり、

アウトプットするためにまとめたり、

と考えながら生活する癖ができました。

 

やっと、人間になりました。

 

続きを読む

海外レストランで働いてみて

ドイツレストランでバイトを初めて、

一か月が経ったので、働き方や

職場での人とのコミュニケーションについて書きたいとおもいます。

 

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「絶対に日本食屋では働かない」

という自分ルールがあります。

なんで、そんなルールがあるかというと、

日本でもできるのに、ドイツまで来て日本食屋で働くのは

ちょっと違和感を覚えるからです。

 

北海道に旅行にいけば、ふつうのビールじゃなくて

サッポロビール」を飲むだろうし、

 

京都に旅行にいけば、ポテチじゃなくて、

「八つ橋」をお土産にするだろうし、

 

秋田にいけば、キムチ鍋じゃなくて、

「きりたんぽ」食べるとおもうんですよ。

 

 

では、ドイツにいるのに、

日本食屋」で働きますか?

たしかに、難易度でいったらサッポロビールとか

八つ橋みたいに簡単で買ったり食べたりできることではないのですが、

 

長期的に言語習得をしたいなと思うのならば、

ドイツ語しか話せない環境に身をおいたほうがいい!

というのが僕の意見です。

 

とくに、ぼくはナマケモノなのでそういう環境に

自分から追い込まれないとできないので…

(もちろん、短期留学生とかは手っ取り早い、

日本食屋で働いた方がいいとおもいますが)

 

 

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前置きが長くなりましたが

 

 

 

 

 

働き方について

 

一番感じるのは、経営者は

ストライキにビビってる」

ってことです。

 

僕がおもう、日本と海外の大きな違いは

「我慢できる量」です。

 

日本人は、ほんとに我慢強いし、忍耐強いし、

ストレスに対する免疫が強い。

 

しかし、もし、その日本の仕事量を海外の人に与えたら、

一週間でみんなストライキするとおもいます。

 

 

ドイツに来て、4日目のことでした。

 

 

 

日本でストライキをしている会社を見たことがなかったし、

バイトが嫌だからボイコットする人を見たことがなかったんですが、

ヨーロッパでは、ほんとにふつうにするんですよね。

 

もちろん、ある程度の一定ラインを経営者が超えたらなんですけど。

 

そうおもうと、僕が日本で働いていた牛丼チェーン屋は

ほぼ毎日の頻度でそのラインを簡単に超えていたようにおもえます。

 

 

そこで、気づいたことがあります。

 

経営者と雇用者の関係で一番大切なのは、

一方通行のコミュニケーションではダメだなって。

 

 

 

例えるならば、日本のコミュニケーションは

「川」だとおもいます。

 

上流から下流へ、水が流れていきます。

 

絶対に下流から上流に水が逆流することはないです。

経営者は、雇用者が文句いってこないものだと

思っていることに似ています。

 

 

これは、もちろん、「選手と監督」、「子供と両親」、

「先生と生徒」、「上司と部下」、「彼氏と彼女」、

「先輩と後輩」「友達と友達」、「男と女」、「痴漢・セクハラ」

すべてのことに言えることだとおもいます。

 

 

 

では、海外ではどうなの?

 

僕がおもう海外でのコミュニケーションを

同じく例えるならば、それは「海」です。

 

波が押し寄せては、引いていく。

 

強い引き潮だったら、もちろん高波で返ってくる。

 

お互いの意見を言い合って、解決策を出そうとする。

 

 

この考えの違いは、間違いなくチームマネジメント

影響してきます。

 

 

 

日本式「川」スタイルは、ある短期的なタスクをする際にはとても

有効だとおもいます。短期的な!

 

でも、長期的なものになるとPDCAサイクルを取り入れていかないと

いけなくなるので、確実に海外式「海」で行った方がいいなと感じます。

 

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選手にしかわからない辛さもあるだろし、

 

現場にいるバイトにしか分からないコトがあるだろうし、

 

子どもにしか分からないストレスもあるだろうし、

 

後輩にしかわからない悩みもあるだろうし、

 

男と女の悩みなんて180度違うだろうし。

 

 

 

 

チームとして

速く、目標を達成したいなら「川」

遠い、目標に辿り着きたいなら「海」

 

 

そうおもうと、僕は後輩に対して「川」だったなと反省。

 

 

 

海のような人になる。

 

 

これが大衆になると、独裁政権と民主主義になるのだろうか… 

 

こんな、まとめで今回は終わります。

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

(約2200字)

 

coyuuyao.hatenablog.com

部活革命

お久しぶりです。

 

いつもは、書いている途中、もしくは

書き終わったあとに題名を決めるのですが、

この記事の題名「部活革命」は

書く前に決めました。

 

今回は大体書きたいことが、ほとんど決まっていて、

それにプラスして、最近Twitterでお気に入りしていた

他の方のツイートやニュースを関連付けながら

書き進めていきます。

 

 

話題はズバリ、

 

熱中症

 

今年の夏はあつい。あつい。あつい。あつい。

ドイツも35度近くまでは気温が上がります。

 

先日も、プロサッカー選手が練習中に熱中症で倒れたみたいで、

 

 

(以下引用)

そんな連日のように続く暑さは、ついにサッカー界にも影響を及ぼした。現地時間7月24日、レバークーゼンに所属するドイツ代表MFのカリム・ベララビが、練習試合中に熱中症で倒れ、意識不明の重体となって救急搬送されたのだ。

 幸いにも、医療スタッフの対応が早かったために命に別状はなく、会話も普通にこなせるまでに回復したというベララビだが、担当医によれば「暑いなかで強い負担を肉体にかけたことが原因であり、彼は循環虚脱を起こしていた。試合会場は明らかに30度を超えていた。しばらく無理はできない」という。

http://ドイツ代表ベララビが熱中症で重体 猛暑がサッカー界にも影響

 

 

と、あるようにドイツ代表選手でも

30度近くの気温ではやはり倒れてしまいます。

 

医療スタッフの対応が早かったため

命には別状がなかったのですが、

ほんとに30度を超える気候では

かなり注意しないといけないことがわかります。

 

サッカーの強豪国スペイン育成年代では

このような取り組みが行われていると

吉田和史さんのツイートからわかります。

 

 

 

それでも、インターハイ予選・本選は、

この猛暑の中で行われる!!

だから、この暑さでも戦わなくてはいけないんだよ!

がんばれ!負けるな!走れ!

 

…たしかに、その通りなんです。

指導者は間違ってはいないんです。

 

これについて、河内一馬さんがツイートしていたことに、

とても共感をしました。

 

 

危ないとわかっていても、

やるしかない!!!、という環境があるようです。

 

 

 

猛暑の中、戦わないといけないのはサッカー現場だけではないです。

 

(以下引用)

埼玉県は1日、春日部市の野球場で練習試合中の野球部員の男子高校生9人が熱中症の疑いで救急搬送されたと発表した。

 消防防災課によると、救急搬送されたのは日大藤沢高校(神奈川県藤沢市)の1年生6人と2年生3人でいずれも軽症とみられる。同校野球部は午前10時ごろから、同市金崎の庄和球場で県立春日部東高校と練習試合を実施。昼食後に行われた2試合目の途中に部員が体調不良を訴えた。

 午後2時25分ごろ、野球部の男性コーチが「野球部の練習試合中に部員が熱中症のような症状になった」と119番。救急隊が駆け付けたところ、控室で2人があおむけになり、7人が座っていたという。

 

高校野球部員9人、熱中症の疑いで救急搬送 春日部の球場、練習試合中に体調不良を訴え(埼玉新聞) - Yahoo!ニュース

 

救急搬送されたのは低学年だけだった、ということは置いておいて、

軽症だったことが幸いでした。

 

 

僕自身も高校のときは、

1日で2試合行われることが珍しくなかったのですが、

2試合目とかは、ほんとに精神論なんですよね。

それについても、kei sakamotoさんのツイートは

とても考えさせられる内容でした。

 

 

 

精神論をとなえてくる大人たちが、体育をしていた頃に比べて、

猛暑日は増えているというデータがあります。

 

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 スポーツサイエンスが発達して

紐がないサッカーシューズが発売され、

 

スポーツテクノロジーの導入により

ファールなどによる誤審は減り、

(賛否両論)

 

スポーツトレーニングや戦術、

栄養学、心理学など

たくさんの分野が発展している中、

 

やはり、度重なる熱中症のニュースを見るたびに

スポーツ文化論だけが足踏みをしているように思えてならない。

 

それにより、生涯スポーツに繋がらないのかなと…

 

 

少しでも、良い環境が整って

すべての人がもっとスポーツと近くなっていく。

そんな未来を見ています。

 

 

最後まで見ていただきありがとうございました。

 

 

 

 

coyuuyao.hatenablog.com

 

コップ半分の水

ワールドカップに夢中でした。

サッカー観戦は長いから、いつもYouTubeでハイライトだけを見ていたのですが、

観たら面白い!ってことでほとんど観てましたので、ブログは疎かに....

 

 

 

今日は、楽観主義について話したいなと思うんですけど、

 

急ですが、読者のみなさんは楽観主義ですか?

 

 

僕は悲観主義です。あんまり物事を考えてないように思われるのですが、

それは楽観主義を演じているマスクをかぶった僕です。

 

完璧主義の人はよく、悲観主義と言われます。

日本の国民性は、その傾向が多いので悲観主義のほうが多いと思います。

 

しかし、

悲観主義がダメです、日本がダメです、楽観主義が最強最高!って

言いたいわけではないです。

 

 

この楽観と悲観のバランスが、かなり大事なんだと日々感じます。

 

 

例えば、コップに半分の水が入っています。

 

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「半分しか入ってない」

 

「半分も入っている」

 

あなたはどっち派ですか?

 

 

この思考がかなり重要なのだと思うんですよ。

 

 

 

「下を見て笑うな。上を見て悔しがれ」

 

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だれの名言かわかりませんが、

この言葉は悲観主義の人の言葉ですよね。

 

何でかというと、

「水が半分も入っているのではなく、半分しか入ってないと思え!」

と言い換えられるからです。

 

 

 

これは、確実に国民性が影響しているのではないかなと。。

 

スペイン、イタリアなどの国の友達は

「水が半分もはいっている」と思う人が多いと思います。

ドイツはそのスペインやイタリアと日本の中間地点にいるように感じます。

 

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実際のところ、半分の水がはいっている方にフォーカスをして、

生きていく方が楽しいです。

だって、ないものはないし、半分もはいっていれば充分だから。

 

 

 完璧主義な国で育った僕には、

「コップの水はほぼ満タンじゃないといけない!」って

考えが根付いているんですよね。

もちろん、「コップの残り半分を満たそう!」、

そうやって発展した国であり、

今後もそうやって発展していくのだと思います。

 

 

この考えは、日々の生活の選択でかなり使えます。

特に、「Should~すべき」で多く使用します。

「すべきこと」はマストではないので、半分やればオッケーです。

おまえは責任感がない、と言われた場合はたぶんそれはマストの事柄だったはずです。

 

※なので「Mast~しなければならない」は使えません。マストなので。

 

 

 

 

日本にいるときは、この考え方が生活に影響を及ぼすことがなかったんですけど、

言語的にハンディキャップがあると、この考え方は大きく影響をもたらします。

 

 

ドイツの友達と話しているとき、内容の半分理解できないとき。

 

「半分も理解できた」と、

 

「半分しか理解できなかった」

 

このときのモチベーションに影響をもたらすのは、

脳内物質のドーパミンノルアドレナリン

この考え方のと違いで、脳から出てくるモノが違うんですよ。

 

 

どっちが、モチベーションあがるか。

はい。ドーパミンです。ハイになります。

 

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ノルアドレナリンが出ているときは

ケガやバーンアウトの発生はかなり高まります。

 

 

怒鳴られた後に出てくるのは基本的にはノルアドレナリンです。

 

 

褒めて伸ばすタイプと、叱って伸ばすタイプの先生がいますが、

 

後者のノルアドレナリンを出させて、たまに褒めて伸ばすのは

ストックホルム症候群っていってひとつの洗脳のやり方ですね。

スウェーデンの首都で起きた人質監禁事件の名前にちなんでそう名付けられています)

 

 

 

 

まぁ結局のところなにが言いたいかっていうと、

 

どっちの水にもフォーカスを当てればいいなって思います。

 

 

僕の最近の例でいうと、

ドイツ6部に所属していた一軍チームから、

コンディションが戻ってないからという理由で、

8部に所属している二軍チームに送られたのですが、

それは結構、メンタルやられて悲観しました。

 

一週間くらいコップの足りない水の方ばっかりみて、

何がダメだったんだろう(→走れない)、早く一軍に戻りたいな、

試合出たいな、サッカーでお金でないと生活きついな、なんで二軍なんだよ、

つまんねぇな、だりいな、って。

 

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でも、それではダメだなって、心を整えて、

もう半分の水にフォーカスを当てました。

足首手術後の激痛後はふつうに歩けなかったのにサッカーできる、

しかもサッカーの本場ドイツで、

チームメイトも優しい、

てか、ボールとかビブスあってキーパーもいてゲームもできる、

サッカーできる環境がある、

健康でいられる、たのしい、

練習後みんなでビール飲んでワールドカップ見れる、

23歳になる年で友達はみんな日本で就職してるのに

大学で勉強しながら競技続行できてる、

 

感謝しかないなと。。

 

そしたら、もっと頑張らないとなって

 

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「現状を楽しみながら、上を見て悔しがれ」

 

こんなスタンスでいこうかなって思います。

 

 

最後までお付き合い、ありがとうございました。

coyuuyao.hatenablog.com

coyuuyao.hatenablog.com

 

なぜ学ぶのか

 

 

僕は、勉強が苦手だった。

苦手だったから、嫌いだった。

今は、得意ではないが、

勉強が好きだ。

 

その当時は、勉強なんかより、

スポーツをしている方が100倍楽しかった。

 

 

小学校の頃は、それでよかった。

漢字が読めなくても、サッカーだけやってれば幸せだった。

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(故障中というか、スイッチがあったのかすら分からない)

 

 

しかし、中学校に入学してから、

前/後学期、中間・期末テストの年に4回行われるテストでは

学年順位というものが告げられる。

 

 

 

 

 

下から6番目....

 

 

 

 

 

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....やばい。これは....やばい。そう思った。

 

下から6番目の少年は、塾に行くことを決心したのだった。

その時の、勉強する動機は、「下から6番目はやばい」でした。

 

 

 

 

さて、

 

なぜ、今、中間・期末テストもないのに、勉強をしているのか。

 

なぜ、学んでいくことに価値を見出して、

ドイツまで来て大学院に行こうとしているのか。

 

っていうことを、自分の為にもう一度整理しようと思った。

 

それが、もしかしたら誰かと共有できるかもしれないから、

ブログでまとめます。

 

 

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WHY?

なぜ、勉強するのか?

 

 

「10」の情報を「10」得ることができないと損だから、です。

これは、どういうことかというと、

語学勉強を例に説明したいと思います。

 

 

買い物してる際に、レジにてお釣りをもらうとき、ドイツ語で

「Achttausendeinhundertachtzehn zurück」

と0.2秒で言われて、8000€お釣りをもらったとします。

 

でも、この数字は8118€を意味します。

「10」の情報を「5」しか理解できない僕は、

ここで損をするわけです。

ドイツでは、お釣りをごまかされたこともありませんし、

8000€の買い物もしませんが、1つの例として、こういうことがあります。

 

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(ヨーロッパではレジの店員は座っています)

 

 

情報の量が少ないと、損することが多いです。

 

 

アマゾンでは2000円なのに、店頭で4000円で買ってしまう。

この場合は、

「10」という情報そのものがなかったケースです。

 

 

 

じゃあ、情報を集めまくって、

勉強しまくって、IQ300を身につければいいのか?

そうすれば、損することはもちろん減りますよね。

 

 

しかし、

 

IQ300のバケモノも、

インターネットには敵わない

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インターネット上にあるビックデータの量には敵いません。

 

「別に、インターネットと戦ってねーよ。」

はい。分かってます。もう少し、お付き合いください。

 

 

インターネットの意味をもう一度おさらいします。

インターネット(internet)とは

グローバルな情報通信のことである。

網は英語でネット。そうなんです。

 

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なんです。

 

情報がたくさんあるデータベースが網状に繋がっている。

それがインターネットなんですよね。

 

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全く関係のない情報と情報でも、

なにかを仲介して必ず繋がっています。

 

それは、人と人とでも同じです。

自分の友達から、たった7人の知り合いを仲介すれば、

誰とでも繋がっているというデータもあります。

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(今は、そんなことをしなくても、

SNSで簡単に人と人は直接繋がることは可能ですが。)

 

 

 

では、もし、このデータベースを自分の脳内に持つことができれば、

いろんな情報情報を頭の中で、組み合わせることができるようになります。

 

そう、インターネットのように。

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アイディア、知恵は、

「知識①×知識②」

 

知識①というものは単体では、断片です。

知識それ自体は、ウンチク程度です。

学校のテストで丸をもらうことや、

ユニクロで夏の感謝祭セールをやっていることを知り、

安くモノが買えることくらいにしかなりません。

 

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社会人になったら、テストなんてものはないし、

わざわざその知識を覚えなくても、

ググればなんでもカンニングすることができます。

 

 

しかし、

知識②と出会ったとき、知識①を忘れてしまっていれば、

知識①×知識②」をすることができません。

知識②も単体では、ただの断片にすぎないから、

これもまたウンチク程度です。

 

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だから、知識を貯めておいて、

知識知識を繋げて知恵を生み出す能力を高めないといけないです。

 

知識知識知識が繋がれば、

もっと深いアイディアを生み出すこともできます。 

 

 

ペンとリンゴはパイナップルを繋げて、

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これを生み出すイメージです。

 

 

この能力が、選択肢になるから。

 

 

頭の回転が速い人、

自分と違う価値観を持っている人、

自分と違う環境で戦っている人、

違う分野のスペシャリスト、

こういう人たちが周りにいることは、すごく幸せなことだと思います。

 

 

知恵を持っている人は、

周りに快感を与えてくれる。

そうしたら、

その人の周りに人が集まり

地位が与えられて、

お金も集まっていくように、

世の中はできているそうです。

 

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だから、最初から地位を与えられた人は、

知恵やアイディアがないから成功は長続きしない。

 

年を取るにつれて、情報量が増えていくのは当たり前だけど、

ウンチクしかできない人が上がっていく年功序列は好きではないです。

 

 

 

ー ー ー ー ー 

 

 

 

話が脱線に脱線を重ねるという、このブログの醍醐味にも

自分自身で疲れてきたころなので、この辺で今日のまとめをします。

 

 

なぜ、学ぶのか。

簡単に言えば、選択肢を増やすためです。

 

 

ブラックジャックという、カードゲームがあります。

 

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手札の合計を21により近づけた人が勝ち

 

22以上は負け


プレーヤーがカードをランダムで引いていき、21に近づける。 

 

21=「自分の夢、目標、やりたいこと」

と置き換えると、自分が身につけたスキルがカードになる。
しかも、そのカードを1~21に自分の努力次第で変えられる。


1枚のカードで21にたどり着いた人たちがプロフェッショナル。

(1枚だけ21になることはなく、その途中で他のスキルも持ち合わせていることが多いが。)


でも、別のカードを引いて、2枚、3枚、4枚で、21に近づけることもできる。

22を超えそうなら、使わないで持っておけばいい。


1枚で戦うより、手札は多いほうがいい。

 

選択肢があるほうが後半戦に強い。

 


だから、いろんな本読むし、


だから、一生勉強するんだと思う。

 

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おしまい

 

(2707字でした。感想がありましたら、ラインやTwitterのDMでください。

産業革命とスポーツも書き進めています。少々お待ちを。)

 

 前回の記事↓

coyuuyao.hatenablog.com